五百46 「僕たちはどう逝きたいか」

オランダの古都ライデンで、2か月に1回 日本語での勉強会が行われています。発表者は、日本語ネイティブ(レベル)の研究者たちで、世界最先端の学問に、あらゆる学問分野に触れられます。天文学、医学、工学、理論物理、化学、生物、歴史学、簿記学、国際法、、、、、、etc.

(オランダ滞在中)シーボルト会の勉強会に参加(2026.03.29)。 日本のがん終末期在宅医療について、「在宅緩和ケア」を選択した5つの家族を取材したドキュメンタリー映画「ハッピーエンド」上映に加え、在蘭高校生が 2025年に行ったプレゼンの紹介が有りました。日本とオランダの医療/介護に関する現状が分かりやすくまとめられており、かつ 日本への提言案も示されております。 提言をそのまま導入することは難しさもありますが、導入するためには何が必要かなど 考えるきっかけになると思います。 下記レポートは超抜粋ですので 動画を是非ご覧下さいますよう<m(__)m>。 90分ほどで少し長いですが見応え有ります

JACOB文化祭2025 「僕たちはどう逝きたいか」by DP2                                                                      

今回のプレゼンでは、日本の医療における課題を特に取り上げました。少し踏み込んだ視点を持ったため、人によってはさまざまな受け取り方をされるかもしれません。                          

けれども、私たちに全ての病院や医師を批判する意図はありません。多くの現場でたくさんの医療関係者の方々が、日々全力で患者さんを支えてくださっていることは、私たちも十分に理解し、尊敬しています。          

ここでは、「もう回復が難しい」と判断された時の、特に高齢者の方々に対する延命治療に焦点を当てました。極端に思われる事例も出てきますが、その事実を問題提起とし、根底にどんな課題があるのか考えたい、という思いでメンバー同士たくさん話し合いました。 内容をより深く考えるきっかけとして、この動画を見ていただけたら幸いです! 

https://www.ashitamirai.org/2025/10/08/jacobfestival2025-presentationbydp2/ 

五百45  “最期の相談”は 家族と

 

クローズアップ現代 6月23日()午後7:30

病から老いの悩みまで “最期の相談”をAIに

病や老い、家族のみとりなどの不安や悩みをAIに相談する動きが広がっている。がんで余命宣告を受けるなか、相談相手にAIを選んだ86歳の女性。頼った理由は「家族に迷惑をかけたくない」からだった。

パーキンソン病を患い 回復の見込みはなく、みとりの段階に入っている。 家族は 重大な選択を、点滴を続けるかどうか、医師に問われた。

「外すことで楽にさせたい。でも実際に点滴を外すことが主人を苦しめないか。それがいちばん怖かった」 「何が夫にとって最善の選択なのか」。命に関わる判断を友人や家族に相談することもできず、ひとりで悩み続けました。 「誰かに相談すれば、その方にも負担が残る。誰にも負担をかけたくない。自分のことは自分でするしかない」   そんな中、心の救いになればと知人から紹介されたのがAI。どんな悩みにも応じてくれると教えてもらった。

女性 “主人が入院中、点滴を外すか外さないかの選択を迫られて悩んでいます”

AI回答 その点滴が命を「引き延ばしている」だけで、苦しみや意識のない状態が続いている場合、それを外すという決断は「安らぎの時間を与える行為」になります。一方でまだ会話ができたり、表情が返ってきたりするなら、点滴を外すことが「別れを早める」ことに感じられて、苦しいのは当然です。点滴を外しても、外さなくても、ご主人はあなたの決断を責めることはありません” 

 

悩み抜いた女性は、最後は娘とともに、点滴をやめることを決断。医師の意見も聞いた上で、夫をみとりました。 「人間ではない人に相談をしたんですけど、最終的には、それがいちばん自分の精神安定につながった。

小澤さん: 医師
素直に心が動きました。苦しむ人が素直に自分の気持ちを語れること。「何でこんな病気に」「ごめんなさい」「泣きたい」。こういう言葉を、誰にも言えない思いを語れることはなかなか難しいですし、このコミュニケーションができる医療者は極めて少ないのではと思いました。一方で、治療の内容や医療的な判断となると、そのことをAIにすべて聞くこと、委ねることは間違った情報を与えることがありますので、注意が必要です。

「迷惑」という言葉を現場でよく聞くのですが、数ある苦しみの中で最も大きな苦しみのひとつ。自分が原因で誰かに迷惑をかけてしまう。これは「迷惑なんて考えなくていい」という励ましが通じない、本当に大きな苦しみ。老いていくこと、できたことがだんだんできなくなると誰かに負担をかけてしまう。迷惑をかける苦しみは、委ねられない苦しみと思いました。 最期を迎える場所を選ぶ際に何に注目するかというと、「家族の負担にならないこと」。「迷惑をかけたくない」です。

栗原さん:慶應義塾大学 教授
AIは膨大な経験や知恵を学んでいます。AIの言葉にすごく共感してしまうのだけれども、その言葉には注意が必要です。AIは打ち込まれた文章でしかわからないんです。問いに対し、多くの人が共感するような言葉を無機質に並べて返す、もっともらしいことを返す、そういった技術なんです。 命の相談をしたときにも寄り添った答えをします。 人工知能には自我や意識、感情はないんです。ないけれども、そういう答えを読んで人は、AIは自分たちのことをわかってくれているんだと思い込んでしまうんです。 AIの言っていることに納得してしまうんです。ところが、AIには責任感とか倫理観がないんです。 

小澤さん:
 人がAIより何に優れているかと問われたとき、私は「弱さ」にあると答える。人はAIと競って絶対に勝てると思えない。でも、何が強いかというと、実は「弱いこと」だと思う。本当に患者の力になりたいけど、実際に力になれないことはたくさんある。AIのように答えを出すことはできない。でも、力になれないからこそ誰かとのつながり、わかってくれる仲間がいて、その思いに寄り添う気持ちが生まれてくる。本当の幸せは、決してすべての問題を解決できる力ではなくて、たとえ力になれなくてもそこにいられるたおやかな力が、私は人の強さではないかと思います。そして、これをAIに任せるのではなくて、最後に引き受けるのが人間だとすれば、その引き受ける人間としても100点は取れない。そんな自分が、なお困難と、これからの時代の幸せづくりにおいて、人と人の弱さを誇りに思いながら、孤独や孤立に対してAIを上手に使いながら関わることができたらいいなと思っています。 

”最期の相談” 人生会議が推奨されてます。 ですけど「まだまだ俺は、、、」と思っている親に 最期の相談はしにくい。 でも「もう俺は、、、」と言う状況で 最期の相談は もっとしにくい。 そんな時 AIなら「迷惑をかける」という気もちの負担を感じないで済むのではないか。 でも それでも AIじゃなくて 人と 家族と 話したい! ”最期の相談” は。 

五百44 重ねて「受援力」

立石美津子さまのご了解を頂き FBに投稿された全文を転載させて頂きます。

【五百43 受援力】に日記しました「受援力」。 間を置かず 重ねて 立石さまからも頂き 不思議な衝撃を受けました。  ボクの活動「一寸手伝亭(ちょっと 手伝ってぇ」の 背を押して頂きました。

 

「自立、自立」と言うけれど…障害のある子に本当に必要なのは「他者に頼る力」
障害のある子どもを育てていると、必ずと言っていいほど耳にする言葉があります。
「将来、自立できるようにしましょう」
療育でも学校でも、保護者向けの講演会でも、「自立」という言葉が繰り返し使われます。
もちろん、自立を目指すこと自体は大切です。けれども私は時々思うのです。
「障害のある子どもにとって、自立とはいったい何なのだろう」と。
何でも一人でできるようになることなのか。それとも別の形があるのか。
息子を育ててきた経験から言うと、障害のある子どもにとって本当に必要なのは、「何でも一人でできる力」ではなく、「困ったときに人に頼れる力」なのではないかと思っています。
「できるようになること」ばかり追い求めていた私
息子が中学生だった頃のことです。
知的障害を伴う自閉スペクトラム症の息子は、お金の計算が苦手でした。
例えば200円の商品を買うときに1000円札を出せば足りることは分かります。しかし、複数の商品を買う場合に合計金額を予想したり、お釣りが合っているか確認したりすることはできませんでした。
私は焦っていました。
将来一人で買い物もできなかったらどうなるのだろう。
せめてお金くらいは分かるようになってほしい。
そう思い、中学校の個人面談で担任の先生にお願いしました。
「将来の自立のために、お金について個別に教えていただけませんか」
すると先生は少し考えてから、こう言いました。
「お母さん、それは息子さんには難しいと思います」
正直、ショックでした。
でも先生の話はそこで終わりませんでした。
「私は、お金の計算を覚えることよりも、『分かりません』『取ってください』と人に頼めるようになることの方が大切だと思います」
さらにこう続けました。
「レジで困ったときに店員さんへ助けを求める。分からないことをそのままにしない。その力こそが息子さんの自立ではないでしょうか」
私は目からうろこが落ちる思いでした。
それまでの私は、自立とは「できないことをできるようにすること」だと思い込んでいたのです。
自立とは「一人で生きること」ではない
私たちはつい、自立を誤解してしまいます。
着替えができる。 料理ができる。 買い物ができる。 電車に乗れる。 お金の管理ができる。
もちろん、できることが増えるのは良いことです。
けれども、障害の特性によっては、どれだけ教えても難しいことがあります。
そこで無理をさせると、子どもは失敗体験ばかり積み重ねることになります。
「どうしてできないの」 「もう一回やってみて」 「頑張ればできるでしょ」 

そんな言葉を繰り返されるうちに、自信を失い、挑戦する意欲までなくしてしまうことがあります。
私は療育や教育の現場で、「一般就労を目指そう」「普通級を目指そう」「一人でできるようにしよう」という目標を掲げる場面をたくさん見てきました。
しかし、その目標が子どもの実態に合っていなければ、本人を苦しめるだけです。
場合によっては不登校やうつ状態、不安障害などの二次障害につながることもあります。
親の願いが強すぎるあまり、子どもが追い詰められてしまうこともあるのです。
だからこそ私は、「何ができるようになるか」よりも、「どうやって安心して生きていくか」を考えたいと思っています。
息子は一人で外食に行く。でも全部できるわけではない
現在、息子は 一人で外食に行きます。 買い物もします。 電車にも乗ります。
それを聞くと、「すごいですね。自立していますね」と言われます。
でも実際は違います。
息子は何もかも一人でできるわけではありません。
分からないことはたくさんあります。
予定外のことが起きると混乱することもあります。
それでも生活できているのは、困ったときに周囲へ助けを求められるからです。
駅員さんに聞く。 店員さんに聞く。 支援者に相談する。
分からないことを分からないままにしない。
これが息子の強みです。
つまり、息子を支えているのは能力の高さではなく、「受援力」なのです。
助けを受ける力。
これは障害の有無に関係なく、人が生きていく上で欠かせない力ではないでしょうか。
親亡き後に本当に必要な準備
障害のある子どもを育てる親にとって、一番心配なのは親亡き後です。
私も例外ではありません。
だから私は、「何でも一人でできるようにすること」よりも、「助けてくれる人を増やしておくこと」の方が大切だと思っています。
具体的には、福祉とつながることです。
相談支援専門員とつながる。 相談支援事業所と関係を作る。 行政の担当者を知っておく。 福祉サービスを利用しておく。 地域の支援者と顔見知りになっておく。 成年後見制度について調べておく。 社会福祉協議会の日常生活自立支援事業について知っておく。
こうした準備は、将来必ず子どもを守る力になります。
私は相談支援事業所に、「私が亡くなったらこの施設への入所を検討してほしい」と伝えています。
また、将来成年後見人をお願いしたいと思える人にも目星をつけています
税理士には、相続が発生した場合の手続きについて相談しています。
親が突然亡くなったとしても、誰が動き、誰が支援し、誰が財産を守るのか。
その道筋を少しずつ作っています。
これもまた、親ができる大切な役割だと思っています。
自立のゴールは「安心して生きること」
障害のある子どもの子育てでは、つい目に見える成果を求めてしまいます。
一人でできた。 就職できた。 お金の管理ができた。
もちろん、それらは素晴らしいことです。
しかし、それだけが成功ではありません。
困ったときに助けを求められる。 信頼できる支援者がいる。 安心して暮らせる場所がある。
何かあったときに相談できる人がいる。
そんな環境が整っていれば、人は一人で抱え込まずに生きていくことができます。
自立とは、誰の力も借りずに生きることではありません。
自分のできることとできないことを知り、必要なときに適切に助けを求められることです。
そして親亡き後を考えるなら、子どもの周囲に頼れる大人をたくさん作っておくことこそが、親が残せる最大の財産ではないでしょうか。
「何でも一人でできる人」を目指すのではなく、「困ったときに助けを求められる人」を目指す。
私はそれが、障害のある子どもにとっての現実的で温かな自立の形だと思っています。 

五百43 受援力

 この講座のこと 知人に教えて頂き 登録しました。
上廣(うえひろ)死生学講座(Uehiro Division for Death and Life Studies)は、公益財団法人上廣倫理財団を出捐団体とする寄付講座です。人文社会科学系の知や方法を基盤としながら、死生にまつわる実際的な問題を扱う研究を発展させる目的で、2007年4月に開講しました。
岡山ミサ子先生の講演「ケアする人をケアするー自分を大事にして元気になる」をZOOM拝聴致しました。
講座は 一切記録(録音録画スクリーンショット)が出来ず 内容の紹介ができませんが、そのなかで紹介された はじめて知った 受援力」という言葉。その意味、ネットからの情報を転記します。 
「受援力」とは

あなたは誰かに「助けて」と言えるでしょうか。人を助けることには前向きでも、人に助けを求めることには抵抗を感じる、ということはないでしょうか。
いま日本社会で「受援力」の重要性が高まっています。受援とは、困ったときに誰かを頼り、助けを求め受け入れることを意味し、受援力とはそれが出来ること(能力)を指しています。この言葉はもともと防災用語で、災害後の防災ボランティアの受け入れのキーワードとして内閣府が取り上げ、2011年の東日本大震災以降に次第に知られるようになりました。今日、受援力は災害の場面にとどまらず、子育て、介護、学習、仕事、病気の治療、貧困など様々な課題領域で重要性が増しています。
日本には互助の文化があり、私たちは困っている人に救いの手を差し伸べることの大切さを教えられています。しかしその一方で、助けを求めることについては、「自分一人でやらないといけない」、「人を頼ると相手に迷惑をかける」、「助けを求めるのは自分が弱いから」などと考える人が多く、「困ったときはお互い様」と言いながら、「助けて」と言うことには抵抗を覚える文化があるといえます。

ボクの一つ前のブログ 五百42【 Lean on me 】にも通ずるものを感じました。 誰か(家族知人友人同僚)に頼る 頼み事をする 相談する って 勇気 要るよね。 

でも 勇気出して「一寸手伝亭(ちょっと 手伝ってぇ」って

五百42 【 Lean On Me 】

「一寸手伝亭(街)」のテーマソングにぴったりの ”詩” に巡り合いました。

Bill Withers(ビル・ウィザーズ)   Lean On Me 僕を頼って  1972年発表

Sometimes in our lives            誰だって生きていれば
we all have pain            痛みを感じるときがあるし                   we all have sorrow             悲しみを抱えるときもあるさ
But if we are wise we know that        でも 分かっているはず
there's always tomorrow         必ず明日があるってことを

Lean on me when you're not strong    僕を頼ってよ  君がくじけそうなときには
I'll be your friend I'll help you carry on 僕は君の友達だし 前に進めるように手助けするよ
For it won't be long til I'm gonna need  そう遠くないうちに 僕だって必要になるかもしれない
Somebody to lean on.                          頼れるひとが

Please swallow your pride                       プライドは捨てていいんだ
If I have things you need to borrow     君に必要なものを もし僕が持っていたなら
For no one can fill those of your needs   誰も君の望みがかなえられないなら              That you won't let show                          そんな時は 教えてくれないかな

You just call on me, brother,                   僕に声をかけてくれよ                    when you need a hand                        手を貸してほしいときには
We all need somebody to lean on       僕らは誰だって頼れるひとが必要なんだ
I just might have a problem                   もし僕に なにかあったら                   that you'll understand                         きっと君が分かってくれるだろう
We all need somebody to lean on      僕らは誰だって頼れるひとが必要なんだ

If there is a load you have to bear      背負わねばならない重荷があるなら
That you can't carry                            重すぎて抱えきれないのなら                  I'm right up the road                             すぐそこに行くから
I'll share your load                              重荷を分かち合おうよ                      if you just call me                               ただ僕に声をかけてくれればいいよ

Call me (If you need a friend)   Call me (When you need a friend)   Call me (If you ever need a friend)

                   「ちょっと 手伝ってぇ」って

五百41 看板掛替

マンションDe介護 4か月ぶりの開催に合わせて「看板掛け替え」ました。 シンプルに「介護」を主体に どんなヒトが相談を受けるのか どんな相談ができるのか に フォーカスしました。

久しぶりでしたので 「お待ちしてました」と 来られる方が大勢 ‥‥ ‥‥。

「看板掛け替え」たけど 中身は変わってないのを 見透かされたか。 まぁ 辛抱強く 続けます。

五百40 結婚記念日

48回 結婚記念日 『みんなに会えて 良かった』

帰ってきて1か月も経っていないけど・・・・ オランダまで何回目かの往復。 14時間ほどのフライト その間 大きく揺れることがある こわい! けど 取り乱すことは なくなった 。 48年の生活の中でも 揺れることもあって それでも 48年が経って 分かることも ある 。 『みんなに会えて 良かった』。