二百68 村上春樹

 1987~~2022 

「猫を棄てる2022文庫」久しぶりの村上春樹です。副題~父親について語るとき~とあるように小説とは趣の異なる作品でした。 村上作品、初めて読んだのが「ノルウェイの森1987」、その後 デビュー作「風の歌を聴け1979」をはじめとしてほとんどの作品を読みました。「騎士団長殺し2017」以降は読んでおりませんでしたが その後は作品としてはあまり発表していなかったようです。「ノルウェイの森」、ビートルズも同じ題名の曲を持ち 僕の青春ともオーバーラップするモノがあり 読みたくなった。 僕と同学年でもある。

「猫を棄てる」の一節をお借りします。

この僕はひとりの平凡な人間の、ひとりの平凡な息子に過ぎないという事実だ。それはごく当たり前の事実だ。しかし腰を据えてその事実を堀り下げていけばいくほど、実はそれがひとつのたまたまの事実でしかなかったことがだんだん明確になってくる。我々は結局のところ、偶然がたまたま生んだひとつの事実を、唯一無二の事実とみなして生きているだけのことなのではあるまいか。

言い換えれば我々は、広大な大地に向けて降る膨大な数の雨粒の、名もなき一滴に過ぎない。固有ではあるけれど、交換可能な一滴だ。しかしその一滴の雨水には、一滴の雨水なりの思いがある。一滴の雨水の歴史が有り、それを受け継いでいくという一滴の雨水の責務がある。我々はそれを忘れてはならないだろう。たとえそれがどこかにあっさりと吸い込まれ、個体としての輪郭を失い、集合的な何かに置き換えられて消えていくのだとしても。いや、むしろこう言うべきなのだろう。それが集合的な何かに置き換えられていくからこそ、と。